このブログで何度もというか何度か述べていますように、と突然言われても読者の皆様に取りましてはエラい間隔が開いて話が繋がってるものですからどんな感じの話だったのか簡単には思い出せないかも知れません。
すみません、○○の話って呼吸の話です。
ヒトは通常の呼吸では、息を体に取り入れる時にどちらかというと積極的な仕事をし体内の圧を高め、そして息を排出するのは取り入れる為の仕事を手放し高まった内圧が弛むに任せると、やや大雑把ではありますが説明出来ると思います。
思い出して来られたでしょうか。
よく風船に例えられるように、膨らませるにはそれ相応のエネルギーを必要とし、萎ませるのはそれが縮むに任せる感じです。
これらは、主に首から下の体の運動という意味の話になると思います。
脳のレベルでの話では、原始的な脳が体内の空気(きっと主に酸素)の量に反応して全てオートマチックに、つまり意識とか意志に関係無くお任せでやってくれている仕事、ということになるのだと思います(※但しそこに意識を介入させて操作も可能なところに発展性と共にボタンの掛け違いをやらかす危険性も孕んでいるからちと厄介なのです)。
それで、“呼吸が切り替わる”とは、ここまでに述べた事が真逆に転換するということです。
体が緩むことで空気が体の中へと迎え入れられて、一定の緊張と共に息を体の外へと排出する、そのように切り替わるという意味です。
空気で満たされて体が内側から膨らむこと、息を排出すればその膨らみが萎んでゆくという事実は呼吸が切り替わろうが切り替わるまいが同じことです。
ところが、この二つの呼吸での体感は各々に極めて対称的です。
ここから、息を体の外へ送り出す作業が体の弛むに任せる、仕事量として0に近付いて行くようなところに、その息を出している本人にとっての積極的なエネルギーは乗るのかという話に繋がって行きます。
積極的に息を吸い込んで、そのパンパンに膨らんだ体を弛めながら何か言葉を発するとしたら、どのような内容の言葉が相応しいでしょうか。
発する言葉の内容などと急に問われても難しいようでしたら、その調子は強くはっきりとした、又はしっかりとした勢いのある感じなのか、その逆なのか。
また、長く持続性のある表現に耐え得るのかそうでは無さそうか。
イメージしたり、可能な場合は是非とも実際に何か声や音を発してみてください。