呼吸は切り替わる~名前のない、もう一つの呼吸法~

呼吸 声 歌 心 体 演奏 バランス 整える 緊張 リラックス  潜在能力 聞く 感じる 伝える 存在 表現 充実

⚾追悼ノムさん⚾

 テレビが壊れてから最新ニュースに疎くなっています。

 先日も、かなり前から習慣化して首から提げている“エア·マスク(携帯用空間除菌剤)”を買いにわざわざ遠回りの寄り道でいつも買っているマツキヨへ入ったら全部売り切れ。てっきりまた、みのもんたが「マスク、あれ体にいいんですよ奥さん!」とでも言ったのかと思ったら、違うんですね(そんな番組もうとっくの昔に終わってるし)。納豆が店から消えたり、ミネラルウォーターが無くなったり、色々消えましたね、これまでも。食べ物以外だと、映画ハスラーが流行ったらビリヤード場が満員で待ち時間発生、カーリングならカーリングで、ちょっとした一過性の現象に戸惑うのは、普段から生活のリズムに取り入れて日常化していたヘビーユーザーです。ホントに、特に健康面を気遣い過ぎる余りのこういう現象を見ると、芥川·蜘蛛の糸でのカンダタカンダタの後から糸に群がり登ってくる集団を連想してしまいます。それで、序でにその店舗で白衣着て品出ししていた薬剤師に「エア·マスク、売り切れですか?」と今持っている実物を見せながら一応尋ねたら「何ですかそれ?」とぬかしよりました。

 「おのれんとこで売っといて“何ですかそれ?”とはどういうこっちゃねん、オッサン!」と、上品な大阪弁心の中に浮かびましたが、色々と諦めて笑顔で店を出ました(ここで注意事項として、半ば慣用句のように“オッサン”と付け加えてしまっていますが、この目の前にいる自分がオッサン呼ばわりした男は実は自分よりも年下である確率が年々上がっていることにはよくよく気を付けなければなりません。まぁ今回のは、自分よりもオッサンやったと思います、多分)。

 それで、今日銭湯へ行きましたらオヤジさんが「ノムさん亡くなったね」と教えてくれて、それで初めて野村克也さんが亡くなられたことを知り、残念で寂しくて暫し呆然となりました。

 子供の頃、初めて生観戦したプロ野球の試合は、かつて大阪は難波にあった大阪球場での野村監督率いる南海ホークス対阪急ブレーブス戦。

 先発投手が当時南海のエースだった藤田学。先制されるも終盤に四番門田博光のホームランで逆転し、藤田の完投ペースだったものの、抑えピッチャーで九回を〆めるという当時では画期的手法が成功し新しい活路を見いだし連続セーブ記録を延ばしていた、阪神から移籍一年目、あの江夏豊に継投し見事な勝利を納めるという、南海ファンだったボクには堪らない一戦となりました。エースの好投、四番打者の逆転ホームラン、盤石の継投パターンで〆める。それこそ絵に描いたような勝利を味わわせてもらった訳です。

 結局そのシーズン、前期後期総合成績で南海は2位という好成績だったにも関わらず、沙知代夫人(サッチー)の現場介入問題で野村監督は電撃解任されてしまいます。監督だけでなく、江夏や柏原といったバリバリの主力級の選手(所謂ノムさん派、ノムさん信者)もトレードで明らかに能力的に下の選手と交換し、それを切っ掛けとするように翌年から南海ホークスは、単なる親会社·南海電鉄のPR媒体、まかり間違って優勝などして選手の給料が高騰することなど決してなく、ほどほどにやっとけば良いタイプの球団(今はこのタイプの球団はなくなりましたね、オリックスだけはちょっとはっきりしませんけど)へと路線変更します。その状態は後にダイエーに球団を売却し福岡へ移転するまで続きます。実際に「少年ホークスの会」というファンクラブに入り、会員証で何度も何度も試合を観に行きましたが、初観戦から後は、僕が行った試合、たった一回の引き分けを除いて全部負け試合。万年最下位争いのチームとなってしまっていました。

 その後少しずつ興味も薄れ、ある時思い出したように久しぶりに大阪球場へ足を運んだ日、初観戦以来の勝利を味わえたのですが、その後ほどなくしてダイエーへの身売りが発表されることとなります。最初と最後だけ勝ち試合って、なんか凄いですよ。

 この地元大阪球団への愛着は、自分の中で確実に今のJ1·セレッソ大阪愛へと受け継がれています。

 野村さんは次にヤクルトの監督になるまでの数年間の内に、野球解説者として新機軸を打ち立てることとなりますが、それが当時テレビ朝日プロ野球中継で始められた“野村スコープ”というシステムです。

 今でこそ、野球中継でキャッチャーが構えている映像にCGのストライクゾーンやコースや球種をマークして重ねる手法が当たり前となっていますが、この全ての始まりこそがこの野村スコープです。

 それで、このシステムも凄かったけれど、それよりも何よりも、野村さんがスコープを使って次の球種やコースを見事に当てる、それがもっと凄かった。中には画面がチラチラして理屈っぽいなどと揶揄する論調も一部にはありましたが、観ている側の野球観がこれでどれだけ変わったか!そのことで日本の野球の潜在的レベルがどれだけアップしたかを考えると、この功績は本当に多大だと言わざるを得ない、そう思います。

 野村さんはこの野村スコープを共に開発したテレビ朝日の解説者になる前、別の放送局で専属解説者として中継に出ておられましたが、その局の担当ディレクターに自身の信条であるところの理論派解説について「もっと気楽に簡単にやってください。たかが野球なんですから」と言われ、辞める決意をしたといいます。それはそうですよね、自分の一生を捧げているものを、「たかが」と言われてしまったら、それは、そんな奴とは一緒には働けませんわね(ホークスの“鷹”に掛かってる訳でもなし)。僕も、ただ単に楽しいだけのことに、一生を捧げる積もりはありません。呼吸を見つめるとは、そんなただ単に楽しく笑って「はい終わり」の世界じゃありませんから。

 そんな野村さんのエピソードを知った時には、カッコいいと憧れたもんです。

 ヤクルトの監督時代には、ID(インポート·データ)野球を打ち出して長年低迷していたチームに黄金期をもたらす訳ですが、その時に印象に残っているのは、最初捕手だった飯田哲也選手の耳が小さいことに注目し、「耳の小さいヤツには敏捷性の高いヤツが多い」という論を採用し外野へコンバート。それが見事に当たって好打、俊足、強肩のスーパープレイヤーに見事育て上げたこと。

 その反面、ブンブン丸として鳴らした池山隆弘選手にはただ思いっ切りバットを振り回すだけのスタイルを卒業させ、ちょっと豪快さの消えた小ぢんまりした選手へとスケールダウンさせてしまったような感がありました。これは少し残念で、強振する魅力もあっていいのにと思ったりもしたもんです。

 ですが、後に当時巨人軍で活躍していた、池山選手と同じようにバットを強振することが特徴の小笠原道大選手のスイングを解説していて、「しかしこの選手はこれだけ執拗にバットを思い切り強く降り続けるところを見ると、強く振ることに何かこう、心に感ずるものがあるんでしょうねぇ······」としみじみと呟くのを聞いた時、「ノムさんはやっぱりただの理論でガチガチの頭人間じゃないんだ」と、改めてその魅力を再認識したのを覚えています。

 '96のオールスターゲームでは、打者松井秀喜の場面でピッチャー·イチローを起用した仰木彬監督の采配を非難するかのように(実際に非難した)代打·高津臣吾を送った場面、そこでスポーツにおける履き違えたエンターテイメントとマナーの一線に関して明確に持論を打ち出した素晴らしさ、そして何よりも「いくらオールスターというお祭りの場とはいえ、本職のピッチャーじゃない人からもし凡打や三振したら俺どうなんの?恥ずかしいじゃん」という松井選手の正直な気持ちを察した思い遣りにも感動しました。

 '94の日本シリーズ、西武対巨人の第5戦を解説していたノムさんは、当時巨人の伏兵·緒方が満塁ホームランを放つ本当に直前、その投球が杉山投手の指先をを離れるまさにその瞬間に「ストレートのストライクなら緒方チャンスありますよ」と見事に予言したり、本当に色々書いたらキリがない位に、ノムさんホントに凄かった。

 何の関係も無い僕ですが、心からご冥福をお祈りします。

 冒頭にも出てきました大阪球場、その跡地は今、南海系列の商業施設「なんばパークス」となっていて、人口地盤にはピッチャープレートとホームベースのレプリカ(タイル)が実際の位置関係の通りに埋め込まれており、更に施設の上階には、南海ホークスの小さなメモリアル展示ブースがあります。

 ところが、このブースには、現役時代には三冠王となりホークスの顔として、世界の王貞治選手に抜かれるまでは日本のホームラン王だった、キャッチャーで四番打者として当時の南海黄金時代を攻守に渡り支え続けた“野村克也”、監督としては優勝もし、好成績を納めた“野村克也”の名前や項目が、嘘のように全て削除されています、と言うよりハナから何も書かれてません。年表から何から、僕の記憶が間違ってなければ、「そんな人、居ましたっけ?」という扱いです(つまり扱われてない)。沙知代夫人絡みのゴタゴタ等で険悪な別れ方をした影響が今も残っていて、球団史にまで歪みを与えているという訳ですが······。

 南海電鉄さん、余計なお節介かも知れませんがねぇ、もうそろそろいいんじゃないでしょうか?どうか上品な大阪弁でこの文章を〆めさせてくださいなぁ。

 

 野村克也監督、僕らが少年時代からオッサンになるまで、野球の面白さ、醍醐味、素晴らしさを教えてくれて、本当にありがとうございました!

 ⚾改めて合掌⚾

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※この項は、HP版スケジュールのご案内は省略しました。