なかやまのATT日記-140字では納まりきらない呟き

A=あるがままに T=とりとめもなく T=たいくつしのぎ・・・な日記。

ライヴ2連発レポートその4

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先日にも書きました通り結局ライヴ終了後に数えましたら合計19曲の長丁場となっていたのには我ながら驚きました。開演前の準備や道案内まで全てこなしたのでエネルギー補給も忘れていたのですが、やっぱり歌えば歌うほど活力が増して行き体力面の心配など杞憂に終わりました。自分の好きな歌、歌ってみて相性の良い歌達は本気で演奏すればそれに見合うだけの元気を与えてくれますね。これらの歌々は単なる憧れの歌などではありません。その時々で精神的にも肉体的にも自分の身の丈に合った歌のことです。以前から書き綴っていることですが大好きな歌の数々と聞いて下さっている方々の存在が普段の生活シーンでは到底出て来ないような声を開かせてくれて、開いた声を出せるということは精神衛生面から考えて恐らくこの上ない健康促進効果を発揮してくれているのだと実感します。ライヴ前よりライヴ後の方が心身ともに格段に充実するのが最近の常です。

また以前と同じことを書くのかと自分でも思ってしまいますが、奇麗で高い声、良く響く声が〇でそうでなければ✖という幻想の世界から抜け出すことが過緊張から解放されて声を楽に出せる最短の道のりだと思います。

色々な諸事情があってせっかく身体が色々な声を出してくれているにも関わらずただの没扱いにして “ 理想の声 ” を追い求めても、良い悪いの判断無く出て来た声を受け入れない限りきっとサイドブレーキをかけたままアクセルを吹かすような徒労を続けることにしかならないでしょう。それが身体と呼吸と声という観点から自身を見つめた経験が無い人なら仕方ありませんが・・・。

幼稚園や小学校時代からお絵かきの時間に「先生これでいいですか?」と自信無げに見せに行く、判断を仰ぐ。全てはそこから始まっていて、その関係性をずぅ~っと繰り返してしまっているように思えます。また別の意味で歌のレッスンは本当は歌が上達するために行っているのではなく、経験し足りなかった人間関係の埋め合わせの為に行っているようにさえ見えます。

手直ししてもらう前に今一度その時に出て来たくれた自分の声をそのままに聞き届けてあげてみてはどうかと思います。擦れた声はその印象通り決して健康的とは言えませんが性急にジャッジなどせずに経過させ待ってあげることで息が流れ始め変わって行きます。頭を空にして共にポカーンと聞いてくれる人ならば一緒に居てもらって相乗効果があるでしょうし、逆に点検役としてじっと聞き耳を立てているような人が傍にいるならば不必要な緊張を否応なく投げ掛けて来ているので声には非常に危険です。特にこれから自信を取り戻して行く段階にある人にとって一見暖かく見守ってくれている味方のような存在だと “ 頭で ” 納得していても身体はしっかりと緊張を受け取ってしまいますから用心が必要です。